東大を出て種子島の宇宙センターに行ったMさんは秀才で感激屋さん。

Rさんとはザイルは組んだことが無いと思うが、当時のチーフリーダーや代表などをAさん・Fさんと毎年、順番の様に勤めていた。

昔の日記に書いたTKさんはアルプス・ヒマラヤの経験者で小生の初墜落の時にすんでの所でザイルを止めてくれた。
諸先輩に囲まれいつの間にか自分たちが会の主流になって来た頃にはかなり人数が減って集会も集会場を用意する必要も無く、いきなり王子駅前の焼鳥屋とか養老の滝で待合わせなどと人が減った。
当時、一緒にリーダー役だった2つ上のOは先年若くして逝ってしまった。

会に入会して数年は仕事を覚えるのに必死で年に数回しか出掛けられなかったが、お袋が死んだ後からJが加わって山三昧の週が多くなった。
その後Jを含めてのべにして何十人ではなく、100人以上は岩や山に同行したと思うが全員の思い出を書くのは不可能なぐらい年月が経った。
後輩がいるので書き難い部分は無きにしも非ずだが、今までありのまま自分のことを書いて着ているので今更、後輩に遠慮して書かないシエルではない。
何せ入会してから来年で30年、歳を取る訳だ。

昔の知合いに会えば一献ではなく、一升でも二升でも無くなりそうだが酒を止めた障害者にはお茶で昔話も…
断酒から絶酒になって久しいが、キチガイ科を止めてたまには軽く呑むのも良いかなと思う。